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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)293号 判決

控訴人(原告) 野田泰雄

被控訴人(被告) 岩手県知事

原審 盛岡地方昭和三一年(行)第二〇号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二四年一月一日付岩手り第五、四四五号買収令書をもつて、原判決添付目録記載の土地についてした買収処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が被控訴人の後記主張事実を否認すると述べ、被控訴代理人が、本件買収は一筆の土地の一部買収であるが、もと控訴人所有の六三番字小沢田四反七歩のうち本件買収にかかる二反七歩は、訴外下苧坪吉郎が二〇数年来賃借小作してきたもので、控訴人の自作する残余の部分とは農道をもつて裁然と区劃されており、その範囲は控訴人はもとより被控訴人その他の関係者の何びとにも極めて明瞭であるから、特定しているものといわなければならない。仮に本件買収処分において右二反七歩が特定しなかつたとしても、昭和二五年初ごろ控訴人は下苧坪吉郎の立合のもとに実地につき測量し、これに基づいて同年三月二七日分筆登記がなされ、次いでそのころ右二反七歩の部分が右訴外人に売り渡され、その旨所有権移転登記が経由されているから、本件買収処分に右のような瑕疵があるからといつて、現在右買収処分を目して無効であるということは許されないと述べた。

(証拠省略)

理由

本件買収計画の樹立、公告、買収処分の手続関係については当事者間に争がない。控訴人は右買収計画の樹立において書類縦覧の手続をしなかつたのは違法であると主張するが、原審証人川尻寿吉、大崎清の各証言によれば、岩手県農地委員会が種市村農地委員会の権限を代行して控訴人所有の本件土地につき昭和二三年一二月二日買収計画を樹立し、翌三日これを公告し、同日から一二日まで種市村農地委員会事務所で所定の書類を縦覧に供した事実を認めるに十分であり、右認定を左右するに足りる証拠がない。控訴人の右主張は失当である。

次に控訴人は、本件買収処分における買収の時期を買収計画の公告より前に定めたのは違法であると主張するので考えてみるのに、旧自創法の規定に照らし、買収の時期は買収計画の公告の日以後であることを要するものと解すべきであり、したがつて右公告の日以前にさかのぼつて買収の時期を定めてなされた買収処分は違法であることを免れないが、しかし、この程度の違法はいまだ重大かつ明白であるとはいえないから、かような違法を帯有する買収処分をもつて無効であるということはできない。本件買収計画の公告の日は昭和二三年一二月三日であるのに、買収の時期はその前日である一二月二日であることは当時者間に争がないが、前段説示の趣旨で、右の違法はいまだもつて本件買収処分を無効ならしめるものではないから、この点に関する控訴人の主張もまた採用できない。

次に控訴人は、本件買収処分は一部買収であるのに、その範囲が特定されていないから、無効であると主張するので、この点について判断する。買収処分は買収令書の交付によつてなされる要式処分であるから、買収の目的地が買収令書で特定されていなければならないことはいうまでもない(旧自創法九条、六条五項)が、しかし、買収の目的地がいかなる程度に買収令書自体において特定されていなければならないかということは、結局程度の問題であつて、常に図面等を添付して買収目的地を逐一明確にしなければ、買収処分は違法になるものと解すべきではない。たとい買収令書に、買収目的地の表示として、一筆の土地の一部を単に地積を掲記しているにすぎない場合であつても、買収処分当時の諸般の事情から、右令書の表示が一筆の土地のうち特定部分を指すものであることが、被買収者その他関係当事者間に疑を容れない程度に明らかであれば、これをもつて買収令書において買収目的地が特定されているものと解するに妨げないのである。本件についてこれをみるに、本件買収処分は一筆の土地の一部買収であることは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証買収令書によれば、買収目的地を単に二反七歩と表示したのみで、図面等を添付してその範囲を明らかにしていないけれども、原審証人下苧坪吉郎、川尻寿吉、出石正武の各証言によれば、本件六三番字小沢田四反七歩は農道(畦畔)をもつてほぼ中央部で南北に区分されてあつて、その南側の二反七歩(本件買収の目的地)は下苧坪吉郎がその先代のころから約二〇年にわたり小作してきた地域であり、その北側の二反歩は控訴人方の従来からの自作地であつて、両者の範囲は現地において明確であり、控訴人はもちろん、小作人である右訴外人その他関係当事者すべてにとつて、本件買収にかかる二反七歩が右田四反七歩のうちどの部分であるかは、一点の疑を容れる余地のないほどに明らかであつた事実を認めるに十分であり、右認定を左右するに足りる何らの証拠がない。してみれば、本件買収処分には控訴人主張の範囲不特定の違法のないことが明らかであるから、この点に関する控訴人の主張もまた失当であり、もとより採用の限りではない。

よつて、控訴人の主張はいずれの点においても理由がないから、本訴請求は棄却すべきであり、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 籠倉正治 岡本二郎 佐藤幸太郎)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の請求の趣旨

被告が昭和二四年一月一日附岩手り五四四五号令書を以つて別紙記載の土地についてした買収が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、原告の請求の原因

(一) 旧岩手県農地委員会は、旧種市村農地委員会の代行として、旧自作農創設特別措置法三条一項三号により、昭和二三年一二月二日原告所有の別紙記載農地について買収計画を定め、翌三日これを公告し、被告は所定の承認を経たうえ右買収計画にもとづき昭和二四年一月一日附岩手り五四四五号買収令書を発行、同年五月一三日原告に交付して右農地を買収した。

(二) 右買収処分には左の瑕疵があり無効である。

(1) 縦覧手続が経由されずに買収が行われた。

右買収計画は、昭和二三年一二月二日岩手県農地委員会が盛岡市の岩手県庁できめた。それを一二月三日の告示で、種市村農地委員会事務所で三日から一二日まで縦覧に供すると発表したが、その期間縦覧書類は同事務所になかつた。

(2) 買収の時期が違法である。

右買収計画においては買収の時期が計画樹立の日である一二月二日と定められていた。農地買収の時期は、旧自創法六条所定の買収計画公告の日以後であることを要するのに、公告の日である一二月三日以前に遡つて定められた。このため所有者は異議・訴願の期間を失うことになつた。

(3) 買収の範囲が不特定である。

右買収は原告所有の種市町五五地割六三番字小沢、田四反七歩のうち二反七歩を買収するといういわゆる一部買収であるところ、買収令書に買収の範囲を明らかにしてない。右買収計画の瑕疵はいずれも重大かつ明白であるから買収計画は無効である。したがつて右買収計画にもとづいた被告の買収処分もまた無効である。

三、被告の答弁

(一)の事実は認める。

(二)(1) 一二月三日から一二日まで旧種市村農地委員会事務所で所定の書類を縦覧に供した。

(2) 一二月二日を買収の時期と定め、一二月三日公告をしたことは認めるが、買収の時期が計画樹立の日以後であるから違法でない。

(3) 原告主張買収が原告主張のとおりの一部買収であり、買収令書にはとくに買収の範囲を明らかにする措置を講じていないが、買収範囲は現地において特定しており、買収関係書類上明らかである。

すなわち、別紙記載田四反七歩のほぼ中央を農道(畦畔)が東西に走つており、右農道の両側の二反七歩は下苧坪吉郎の先代からの小作地であり、右農道の北側二反歩は原告の自作地であつて、小作地と自作地の各地域は現地において明白である。

なお前記買収処分が旧自創法三条一項三号の規定にもとづくものであることは買収令書上にも明示されているから買収の対象が右小作地二反七歩であることは明らかである。

買収の対象の二反七歩の範囲は、前述のとおり、明確に特定されているのであるから、不特定の違法はない。

四、証拠〈省略〉

理由

原告主張(一)の事実は当事者間に争がない。

争点である違法事由については順次検討を加える。

(1) 証人川尻寿吉の証言によれば、本件買収計画が昭和二三年一二月二日盛岡市の旧岩手県農地委員会で議決された直後に、地元旧種市村農地委員会における同県農地委員会の嘱託係員にその旨の電話連絡があり、同係員が手元に保存していた買収計画書によつて翌一二月三日所定の公告をなし、同日から一二日まで旧種市村農地委員会事務所において所定書類を縦覧に供した事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

(2) 本件のように買収の時期を公告の日より前にすることは違法であり取消原因にはなるが、これのみによつて買収処分そのものを無効ならしむる程重大な瑕疵あるものとはいえない。これがため異議・訴願の機会を失うものでないことはいうまでもない。

(3) 成立に争のない甲第二、三号証に証人下苧坪吉郎、川尻寿吉、出石正武の各証言を綜合すれば、本件買収農地の範囲についての被告主張事実を認めることができる。

そうだとすれば被買収者である原告にその範囲が明確に判つていたのであり、買収令書にはとくに明示されなくとも買収範囲不特定のため原告の権利擁護に支障を来すようなことがなかつたものというべきであるから、令書上とくにその範囲を明らかにしなくとも前同様買収処分を無効ならしむる程重大な瑕疵あるものとはいえない。

よつて原告の請求はいずれの点においても理由がないから棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。(昭和三二年六月一七日盛岡地方裁判所判決)

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